ユーザーボイス3

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先日、とある方からメールが届きました。

はじめまして。

先ほど購入フォームから波動玉を一つ購入させていただきました。

わたくしのインフォメーションや引き寄せたい事柄などは、どのようにお伝えしたらよろしいでしょうか?

よろしくお願い致します。

朴訥な方だなぁ〜。紹介されて断りきれずに付き合いで購入したのかなぁ〜という印象。

次のメールがこれ。

メールありがとうございます。

では、早速。

注文商品は、○○でお願い致します。
送料はかかっても問題ありません。

▼生年月日
・・・・年・月・日

▼願い事
・

▼納期
急ぎの商品がありましたら、そちらを優先してあげてください。私は最後でいいです。

ではよろしくお願い致します。

ああ、この方は、ぶっきらぼうだけど良い人なんだなぁ。という印象。

波動調整後、発送。

やりとりは、非常にあっさり。

『でも、まぁ、持っててくれさえすれば本人がどう思っていようと良いことあるだろうから、いいさ。たとえ気付かなくても、波動が良くなっていることが大切。』なーんて思って対応完了。

 

すると後日…

タイトル『波動2日目』と題してメールを送ってくれたのです!

以下、ほぼ原文です。

こんばんは。

波動玉、無事届き、首から下げています。

封筒を開け、朝日にかざし首に下げ、そのときから不思議なことがおきました。

紹介してくれた方もよく知ってることなのですが、私は怒りの塊のような人間で、とても攻撃的です。実際には行動はしないのですが、人を蔑める完璧なプランが次から次へと思いつきます。

そういう思考が開始されると、もう一人の自分というと大げさなのですが、「もうわかった。やめとけ。」と、とにかく思考を停止させます。

でもそんな制止もおかまいなくネガティヴな思考は泉のように沸き上ります。

そしてそれが何日も続きます。
特に悩んではいないし、小さいときからだし、変われないと思って暮らしてます。

私は人と会うのを極力回避しました。
それ(怒り)は人が原因だからです。
とはいえ、人と会わない生活をすることは出来ません。

最近は、極端なあきらめを引っさげて、怒りのコントロールがだいぶ出来てきました。

逆に言うと、量や質は違えど、怒りは付きまとっていたわけです。

雲を首から下げた日、信じてもらえないかもしれませんが、波動玉あたりに目には見えないのですが、何かが渦巻いていたのです。

ガラスの中の雲が半径15センチくらいをゆっくり渦巻いているイメージです。物理的なものではなく感じました。

それが、はじまりでした。

土曜日と日曜日というのは私にとってもっとも怒りが強まる曜日です。

ところが、怒りが表れないのです。
うまく説明出来ません。が、怒れないのです。

それならば、嫌いなひとを思い浮べようと試みました。

すると、全く思考が停止されるのです。
怒りの思考だけが、金縛りにかかるようなイメージです。

ポジティブな思考がそこに存在し、それがおおいつくし、目から遠ざけてるのではありません。

一切ポジティブさはなく、ただただ怒りの思考だけが身動き取れなくなってしまうのです。

音も色もなく、完全に停止され、いくら考えようとしても怒りの思考だけが身動きとれません。

痛みはなく、きょとんとするくらい押さえつけて、全く考えることができないのです。

これは偶然かもしれないと、大嫌いな日曜日を迎えたのですが全くそれは変わらず、怒りの思考が停止されます。

今まで、溢れる思考にどっかいけ、消えろと唱えてたのが嘘のように発生されないのです。

本当に不思議でしかたありません。

いや、不思議なのではないのはわかっています。
田中さまがそうしてくれたので必然なのですが、私としてはただただ不思議でなりません。

本当にありがとうございました。
こんな経験は初めてで、うまく伝えられないのですが心から感謝申し上げます。

大切にします。

ちかいうち、また注文させて頂きます。
渡さなければならない友人がいます。

よろしくお願い致します。

このメールはとても嬉しかったです。
朴訥な方が、これだけの文章を突然送ってくれたのですから。

それに、効果を実感して喜んでいただけていること。
年とともに、人に喜んでもらえることの幸せを感じるようになってきました。

ガラスを通じて、波動を体験していただき、喜んでいただける。

私にとって、こんなに幸せなことはありません。

ありがとうございます。

 

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波動玉のレビュー

波動玉ギャラリー

 

※このページの写真とユーザーボイスに関連性はございません。

ユーザーボイス その2

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先日、ある方からこんなメッセージをいただきました。

 

その方は、長年勤めた会社を退職し、別の会社へ転職したばかりでした。

 

「波動玉いただいたほんの数日後、会社から辞令があり、入社半年ですが昇格が決まりましたー☆☆☆波動パワーだと勝手に信じております!」

 

元々、優秀な方で、転職の際も数社から引っ張りだこでしたから、もちろん本人の努力で昇格したわけです。

でも、波動が影響を与えて、時期が早まったのかもしれません。転職後、半年で昇格というのは、やはり普通に考えてもおかしなことで、異例中の異例です。アルバイトが社員に登用されるのとはわけが違います。

 

この方は、運(波動)を味方につけているのです。

 

ここで、突然ですが、宣言します。

人生で最も重要な要素は、『運(波動)』です。

 

スポーツの世界では、どれだけ実力があっても、試合前に怪我をする人。過去最高記録を更新したのに、その時にかぎってもっと凄い記録を出される人。ルールの変更で、本当なら勝っていたのに負けになってしまった人。幻の記録や幻のメダルの数々。

このように、物凄い努力をしているのに、それが実らない人がいます。

一方、最小限の努力で最大限の効果を出す人もいます。

真面目に努力して、努力に見合った結果を出す人。試合当日、練習以上にうまくいって記録を出す人。

 

テレビの世界でも、本人も理由がわからないけど人気が出たり、意味のわからないネタで流行語を生み出す芸人の方などがいます。

 

努力なしに成功はありえません。それは大前提です。

しかし、努力に見合った結果が出るかどうかは運にかかっているのです。努力に対する掛け率が『運(波動)』です。

 

努力 ☓ 運(波動) = 結果

 

ゼロに100を掛けてもゼロです。

1に100を掛ければ100です。

100に100を掛ければ10000です。

 

逆に、100にゼロを掛けてもゼロです。

努力100に運気ゼロを掛けてもゼロなのです。

 

努力をするのは大前提。でも、結果には運(波動)が大きく影響している。

人事を尽くして天命を待つ。

そういうことなんだと思います。

 

この計算を知らない人がいます。

努力をしないで、全て運頼みの人。

努力をしないで、誰かや何かが良い結果を持ってきてくれると思っている人。

 

残念ながら、宇宙はそのように出来ていません。

努力をして、運(波動)を向上させること。

そうすれば、誰かが良い結果を持ってきてくれるかもしれません。

 

 

波動は誰もが発信しています。それは人や物に影響を与えています。

波動を発していることを知り、活用すれば、人生が大きく軌道修正をするのを実感できるかもしれません。ものごとが加速的にすすむことを体験するかもしれません。

 

オーダーメイドの波動調整お守り『波動玉(引き寄せ玉)』は、minneで販売しています。

このページにたどり着いた方は、波動に出逢うべくして出逢っているはずなので、『波動玉(引き寄せ玉)』を買ったほうが良いと思います。

なんなら、ふたつかみっつ…(笑)

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ユーザーボイス

 

 

レムリアの叡智を持ち、太古の自然がより多く残っている「愛と調和の国」と言われるスピリチュアルな国、ニュージーランド。

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そこに住む、パワーストーンが好きなある方が波動玉を使った感想をざっくばらんに教えてくれました。(具体的な内容は省略してありますが、文章の意味合いが変わらないように編集してあります)

 

 

波動玉が来てから、ものごとの展開がより具体的になって進んでいる気がする。

自分の人生の道がすごいエネルギーでグーッと

軌道修正してるって感じがする。勿論、良い方向へ。

いろいろなハプニングが起きて、いろいろなことが、段々と良くなってきている。

大変だった体調の面も良くなってきてる。

前なら絶対に無理だったことが、何かが作用して良い方向へ向かってる気がして仕方がない。こまごましたことを上げていくと、たくさんありすぎるだろうってくらいに。

波動玉が来てから、第六感も怖いくらい冴えわたってる気がする。

日常的に、「あっ、これって」って感じで色々と起きて、凄いなぁって思ってる。

最初に波動玉に触ったとき、貧血とは違うめまいとも違う、体がガクンとしたもんね。エネルギーが入ったのか、私の邪気が出たのかわからないけど。

 

 

波動玉をはじめて手にする時、なんらかの体感をする人が多く、特に女性はこれらの変化に気づきやすいようです。

体感が無くても、効果がないわけではないのでご安心ください。

人の想いには、力があります。

祈りが奇跡とも思える出来事を起こすことも。

それらは、自分のためではなく、誰かのために使ったほうが、強い力になるように思います。

このページに訪れてくれた方に提案です。

今日、誰かのために何かを祈ってみませんか。

身近な人のためでも、遠くの誰かのためでもいいと思うんです。

そして、もし、祈ることの力や意味に気付いたなら、毎日、だれかのために何かを祈ることを続けてみてはいかがでしょうか。

24時間良い人でいることは難しいかもしれない。

でも、ほんのひと時なら…ね。

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「信じる」の定義

人は、波動や気功など目に見えないものや計測できないものを信じられません。

 

 

人は、既知の情報と合致するものを理解し、理解したことを『信じる』のですが、自分が理解できないことは『信じない』ようです。

 

未知の情報でも、以下のケースでは『信じる』場合があります。

  • 信頼している人物からの情報
  • 大多数が信じている情報

ここで言う信頼とは権威を含みます。

自分よりも知識がある人の情報は、自分の判断よりも信頼できると思うのです。

アリストテレスが、地球を中心に太陽などの天体が動いている天動説を唱えれば、それが正しいと信じられていたのです。

 

つまり人は、もっとも知識があると思われている人の発言を信じるのです。

 

しかしここでひとつ疑問が湧きます。

私たちが存在しているこの宇宙に関してもっとも知識がある科学者たちは、この宇宙のことをどれくらい解明し、理解しているのか?

 

TEDのスピーカーがジョークまじりに、こんなことを言っていました。

「皆さん覚えておいてください。科学者が『ダーク』と言う時、それは『よくわからない』という意味です。」

 

つまり、ダークマターやダークエネルギーというのは未解明という意味です。

 

人類最高の宇宙科学者による宇宙の解説は以下のとおりです。

65%・・・ダークエネルギー

27%・・・ダークマター

5%・・・・物質

 

・・・ほとんどダークじゃん。

 

 

宇宙のことで理解できているのはたった5%で、残りの95%は理解出来ていないのです。

5%しかわかっていない人の言うことは、果たして正しいのでしょうか?

ひょっとしたら、何の根拠も科学的証明もできないけど、なんとなくそんな気がする〜とか言っている人の言うことが事実だったりする可能性も否定出来ないですよね。

いや、むしろ95%もわかってないんだったら、直感の方が当たるような気がする。

 

 

ひとつ、当たり前ですがとっても大切なことを言います。

 

新しい発見は、既に知っている知識の中には無い。

 

理解できないからといって、『信じない』でいると、真実を発見できなくなります。

先に紹介した天動説のように。

 

近年、気功は市民権を得ました。ほんの20年前までは賛否両論でした。未だ計測器は発明されていませんが、感覚的と実績から認められつつあるといったところでしょうか。

波動である念の力も、計測はできません。しかし、私たちの体や空間は、宇宙全体を構成しているのと同じ素粒子です。そして、思考や祈り、想像力も。

 

昔の家電製品は、調子が悪い時、たたくと直ったものです。

世界中にある「いたいのいたいのとんでけ〜」的なヒーリングも効果があるから行われていたはずです。決してプラシーボ効果だけではないのです。

いや。むしろ、薬による治療も暗示による手当も、どちらもプラシーボなのではないでしょうか。

祈りの力が無力だとすれば、これだけ宗教が支持されるのでしょうか。

 

科学的根拠。それは、宇宙の5%のことを言います。

象の姿の5%だけをみて、象の全体像をみることはできないぞう

 

 

大変失礼しました。

 

 

最後に香山リカさんの著書の中で、科学的であろうとするジャーナリストのメアリー・ローチの言葉を紹介します。

もしかすると、私は、知っていると信じるを混同しているかもしれない。私が信じるという時、それは知っているという意味だ。しかし、本来、信じるとは、もっと微妙なものかもしれない。知識というより気持ち。知らないで信じることはできるだろうか。地球が丸いことや空が青いことと同じように、神がいることはわかるという人は多い。そういうひとは、知らないでも信じる。証拠は必要ない。必要なのは気持ちだけだ。だって、信じたほうが楽しいし、希望が持てるから。「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」より

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念の波

 

波動の解釈は様々ですが、私は波動を「念の波」と定義しています。

『念』という言葉があります。

念は、ある種のエネルギーです。

笑っている人たちの周囲には、楽しいエネルギー(雰囲気)がでています。

怒っている人の周囲には、トゲトゲしたエネルギーがでています。

敏感な人は、そのエネルギーを受信したことに気付きます。

鈍感な人も、エネルギーには気付きませんが敏感な人と同じように受信しています。

 

念とは、『今』の『心』のことです。

今、心に描いていることは、全て『念』なのです。

念は『波』となって発せられています。

 

それが波動です。

 

 

クルマ好きの間では、車の悪口を言うと故障するのは常識となっています。

料理を作るとき、愛情を込めたり美味しくなるように念じながら作ると、その分プラスアルファで美味しくなります。

これらは、波動の影響が現れた一例です。

 

つまり、人によって強弱はありますが、人は皆、毎日波動を使っているのです。

波動の影響力を知らない人も、実は毎日、波動を発しています。

今、心にえがいていることは、宇宙に発信されているのです。そのことを知らずに波動を発しているというのは、ちょっと勿体無い気がします。

 

 

目に見えない光や電波は、計測できなかった時代には非科学でした。科学とは既知のことをいい、非科学とは未知のものをいうのだと思います。アインシュタインは、「常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションのことを言う」と言いました。人が何かを「信じる」と言う時、それは「知っている」という意味であることがほとんどです。ですから、ほとんどの人は、自分の知識に反することは信じられないのです。

人の念が計測できるようになれば、それが科学となり常識となるのですが、それは、もう少し先の未来の話になりそうです。なぜなら、既に「知っている人」はそれを望んでいても、それを「知らない」もしくは「知りたくない」人はそれを望んでいないからです。あなた心はどちらを望んでいますか?

どちらも正しいし、どちらを選ぶのも自由です。あなたの人生なのですから。

 

I cannot discover that anyone knows enough to say definitely what is and what is not possible. Henry Ford

 

今もあなたは波動を発しています。

そして、これからも発し続けます。

 

あなたは今、心に何をえがきますか?

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波動(物理学)

波動とは、波の動きのことです。

 

物理学の量子力学でいう波動とは、この宇宙の原材料である素粒子の持つ『波の性質』のことを言います。

 

一方、スピリチュアルでいう波動とは、人や物や場所が発するエネルギーの質のことです。

 

両方とも、表現は違いますが、おおよそ同じことをいっています。違いは、人が波動に影響を与えられると考える点です。

 

宇宙は全て素粒子でできています。

素粒子は、観測者の影響をうけます。

物質の形を変えるほどの影響を簡単に与えてしまっては困りますが、物質が持っている意識は簡単に影響を与えることができます。

例えば、愛情を込めた料理が美味しくなるのも影響を与えている良い例です。車好きの間では、車の悪口を言うと車が故障するのは常識です。病気の人を、必死に看病すると病気から早く回復するのもそうです。

 

「祈り」には影響力があるのです。

 

最近、「引き寄せ」が注目されていますが、これも素粒子に影響を与えて事象を引き起こす手法で、「祈り」です。

元々、祈りとは結果をイメージして、体験し感謝し、それが実現することを信じて神に委ねることでした。しかし、いつしか宗教はビジネスモデル化し、組織存続のための収益構造や、創始者を神格化して求心力と絶対的権力をもたせたヒエラルキー構造となりました。それと同時に、祈りは複雑なルーティンの儀式と化し、信者は自らの人生を自ら創造するのではなく、神に委ねるという他力本願なマインドにさせてしまったようです。

本来、祈りには、決められた儀式は無いし、場所も関係ないのです。その人が結果をイメージし、体験し、感謝すれば良いのです。

それが、神に似せて創られた人間に与えられた力、創造力なのです。つまりその想像力が、昨今の『引き寄せ』なのです。

 

話を波動に戻します。波動とは、万物を作っている素粒子の性質である波のことです。

光や電波も電磁波であり波動です。

人の思考、思念も電波であり波動です。

引き寄せは、人の思考の波動を、結果をイメージし、体験して感謝する。そして、実現を信じて神に委ね、その上で結果を目指して行動するという一連のテクニックです。

 

波動師は、周囲の影響を受けてしまいがちな現代人の引き寄せをお手伝いする祈祷師のような存在です。

エネルギーを変えることができるということを知っていることが波動を扱うにあたり最も重要であり、適正でもあります。

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人の体はほとんど空っぽ?

人の体に限ったことではないけれど、宇宙にある形あるものって実はスッカスカの空っぽだって話、知ってる?

人の体の主成分であるタンパク質は、炭素C、酸素O、窒素N、水素H。

水と酸素を除くと、ほとんどが炭素C。

炭素Cは、陽子6粒と中性子6粒がくっついた核と6粒の電子でなりたっている。

学校でおそわった原子のイメージは原子核の周りに電子がクルクルと回っている太陽系のようなイメージだったけど、実際の様子はかなりちがう。

 

想像してみて欲しい。

手のひらにひとつぶのピーナッツがある。キャラメルコーンに入っている1センチくらいのピーナッツね。ピーナッツを原子核だと仮定した場合、周囲の電子はどれくらいの場所にあるのかを。

 

想像できた?

 

 

 

答えは、ピーナッツから500mほど離れた場所。しかも、大きさは1mmくらい。粗塩くらいだ。

ピーナッツから500mの場所にある塩。

これが、原子と電子の関係。

 

目の前にあるスマホやPC、テーブルや家や人などの物質は、原子が並んで組み合わさって出来ている。

想像してみて欲しい。

たくさんの原子が並んでいる姿を、ピーナッツと粗塩で想像して欲しい。

 

できた?

 

ピーナッツが1000m置きに並べられている状況を想像して欲しい。そして、ピーナッツの周囲500mには近づけないよう4粒の粗塩が周囲を守っている。

 

ね?スッカスカでしょ?

普通、1000mごとにピーナッツが置いてあっても見えないよね?

それなのに、物質同士はお互いに通り抜けることはないし、見ることもできる。

 

 

 

ちょと例えが悪かったかもしれないけど、とりあえず、物も人も実はスッカスカってことがわかってもらえたかな?

人の体を構成している全ての原子をギュッと集めたらどれくらいの大きさになるかというと、白コショウの粒よりも小さくなっちゃう。

もう、スッカスカどころかほとんど無。無です。

不思議ですね。

 

これは、個人的な発想だけど、宇宙を構成している素粒子ってのは、現実世界という名の仮想空間を体験させるための仕組みだと思っている。例えばTVゲームの世界を、モニターというドットで作られた二次元の世界での仮想現実だとすると、現実世界は素粒子というドットで作られた三次元の世界。体感もあるからぼくらは現実世界だと思っているけど、あの世という別次元から見たら、狭苦しい三次元の世界なのだと思う。私たちがテレビのゲームをしているように、あの世からは、現実世界のゲームをしている。ただし、素粒子が作る現実世界は完璧なので、プレイヤーはゲーム中にゲームであることに気付くことは非常に困難。ついついゲームであることを忘れてしまうほど完璧。

夢を見ている時、自分で夢だと気付くことは困難だけど、練習すると夢のなかで「これは夢だ」と気づけるようになる。それと同じで、この現実世界でプレイヤーとして生きているということを知っているだけでも、世の中の見え方が全然違ってくる。

これに気付くために、是非、素粒子について調べてみてほしい。

 

この宇宙は、素粒子に作られたスッカスカの世界。

現実世界だけど、あの世から見たらゲームのような世界。

だから、せっかくならワクワクすることを選択しながらこの世のゲームを楽しみたいよね!ってか、楽しみましょう♪

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