念の波

 

波動の解釈は様々ですが、私は波動を「念の波」と定義しています。

『念』という言葉があります。

念は、ある種のエネルギーです。

笑っている人たちの周囲には、楽しいエネルギー(雰囲気)がでています。

怒っている人の周囲には、トゲトゲしたエネルギーがでています。

敏感な人は、そのエネルギーを受信したことに気付きます。

鈍感な人も、エネルギーには気付きませんが敏感な人と同じように受信しています。

 

念とは、『今』の『心』のことです。

今、心に描いていることは、全て『念』なのです。

念は『波』となって発せられています。

 

それが波動です。

 

 

クルマ好きの間では、車の悪口を言うと故障するのは常識となっています。

料理を作るとき、愛情を込めたり美味しくなるように念じながら作ると、その分プラスアルファで美味しくなります。

これらは、波動の影響が現れた一例です。

 

つまり、人によって強弱はありますが、人は皆、毎日波動を使っているのです。

波動の影響力を知らない人も、実は毎日、波動を発しています。

今、心にえがいていることは、宇宙に発信されているのです。そのことを知らずに波動を発しているというのは、ちょっと勿体無い気がします。

 

 

目に見えない光や電波は、計測できなかった時代には非科学でした。科学とは既知のことをいい、非科学とは未知のものをいうのだと思います。アインシュタインは、「常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションのことを言う」と言いました。人が何かを「信じる」と言う時、それは「知っている」という意味であることがほとんどです。ですから、ほとんどの人は、自分の知識に反することは信じられないのです。

人の念が計測できるようになれば、それが科学となり常識となるのですが、それは、もう少し先の未来の話になりそうです。なぜなら、既に「知っている人」はそれを望んでいても、それを「知らない」もしくは「知りたくない」人はそれを望んでいないからです。あなた心はどちらを望んでいますか?

どちらも正しいし、どちらを選ぶのも自由です。あなたの人生なのですから。

 

I cannot discover that anyone knows enough to say definitely what is and what is not possible. Henry Ford

 

今もあなたは波動を発しています。

そして、これからも発し続けます。

 

あなたは今、心に何をえがきますか?

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